産後クライシスはいつまで続くのか?

■妻の不機嫌と、ホルモンバランス

「産後クライシスを体験しました。でも、1年ほどでどうにか回復しつつあります」
 「今、息子が3歳だから、きっと切り抜けたってこと……ですよね?」
 「うちはいまだに、産後クライシス状態。子どもは来年、小学校なのに」

前回、出産後、急速に夫婦仲が悪化する現象=「産後クライシス」に関する記事を掲載した後、多くの方からさまざまな反響、ご感想をいただきました。その中にあった疑問のひとつが「産後クライシスはいつ終わるのか?」ということです。

いったい、産後クライシスはどれくらい続くのか。

これについては、ネット上でもさまざまな説が挙がっていました。たとえばこんなもの。

『産後のガルガル期は、ホルモンバランスによるもの。それが回復するまではガマン!』

“産後のガルガル期”とは、動物の母親が出産後に子どもを守るため、気性が荒くなることになぞらえて、ママたちが使うネットスラングです。この意見に従うなら、産後クライシスは半年ほどで終わる、という考え方もあるでしょう。

しかし、ホルモンバランスが回復する期間をひとつのメドにするのは、そのリスクをかなり小さく見積もっているかもしれません。

取材してわかったのは、産後クライシスの影響は想像以上に長く続くということです。たとえ離婚しなくても、一生にわたり夫婦に深い爪跡を残す可能性すらあるのです。

■夫への愛が復活する妻、しない妻

興味深いデータがあります。

発達心理学が専門のお茶の水大学教授の菅原ますみさんが、257人の家族を23年にわたって追跡調査したものです。

こうしたテーマの中でも特に長期的で説得力がある論文なのですが、これによると、ひとたび出産後に愛情が冷めてしまうと、20年以上たってもその関係が戻らない夫婦がとても多いというのです。(子どもが思春期の時期に、さらに下がる傾向があることも指摘しています)

同様の研究は「イクメン」という言葉の名付け親とも言われる東レ経営研究所の研究者である渥美由喜さんも行っています。女性の愛情の配分がライフステージごとにどのように変わるのかを表した、いわゆる愛情曲線と呼ばれるものです。

青のグラフをご覧ください。妻の夫への愛情は、やはり産後に急速に落ち込んでいます。そして、一部のグループは回復していきますが、多くは低迷を続けていることがわかります。

2人の指摘で共通するのは、産後すぐの時期の夫の育児参加の重要性です。そして、菅原さんは特に産後1年の、渥美さんは幼児期までの夫の行動が、その後を決定していると考えています。いずれにせよ、産後半年をしのげばなんとかなる、という話ではなさそうです。

さらに、渥美さんはこの「低迷層」が将来の仮面夫婦や、熟年離婚につながる可能性にも言及します。産後にまいた時限爆弾が、子どもの思春期や親の介護で爆発するというのです。

それらの因果関係がどれくらいあるかについては、慎重に検討する必要があります。しかし、同時に取材した複数の家族カウンセラーたちも、やはり、産後の夫の行動が後の家族問題を生むきっかけになるとしています。

あなたは親の介護が問題になったとき、妻から「子どものおむつを変えなかった人(夫)の、親のおむつが替えられるわけがない」といわれたらどうしますか?

「過去を蒸し返しすぎだ」と思う人もいるかもしれませんが、妻たちのこうした主張にはシンプルな説得力があります。

■無自覚すぎる、夫たち

ではなぜ、産後クライシスは長く尾を引くのか?

ひとつは、この時期の妻が、”極限状態”にあることと大きく関係しています。

取材した女性の多くは、「これまで生きてきた中で、こんなにも自分の生き方が変わることはなかった」と語ります。産後の子どもの世話で眠れず、息のつけない日々を送る妻は、体力的にも、精神的にもぼろぼろ。産後のキャリアはどうなるのかといった社会的な不安まで抱え、かつてなくセンシティブになっています。そして、この時期の夫の行動を、彼女たちは本当によく観察しているのです。

もし、身近に子育てを経験した中高年の女性がいるなら、ためしに「産後に夫にされて腹がたったエピソード」を聞いてみてください。

注目すべきは、その再現性の高さです。何十年も前のこと を、まるで昨日の出来事のように語る女性たち。その姿を見れば、産後の夫の行動は長期記憶に刻み込まれる、ということを実感していただけると思います。

さらにこの問題の根が深いのは、夫が“無自覚に”地雷を踏んでいる場合があるということです。たとえば、視聴者へのアンケートなどでも以下のようなものがありました。

「里帰りから戻った自宅が、『赤ちゃんが住めるわけがないだろ』的なゴミ屋敷にされていた」

「夫が育休を取ってくれたはいいものの、自分の趣味にほとんどの時間を費やした」

「子どもがまだ3カ月くらいのときに、バイクの免許を取ろうかなと言い始めた」

育休時の趣味や、バイクのケースなどは、夫に無邪気さすら感じます。

これほどのケースでなくても、例えば「赤ちゃんが小さいうちに泥酔して帰宅した」経験はありませんか?こうした行為も無自覚という意味では、おそらくさほど変わりません。

人間は本当に追い詰められたとき、相手の無自覚な言動に、その人の本質を見た思いがするものなのでしょう。そして産後は、まさにそうした時期のひとつなのです。

■産後をこじらせるその前に

取材をするにたびに感じるのは、産後をこじらせる前に対策ができていたなら、夫婦関係の修復にかかる“コスト”はずっと少なくできただろうということです。

夫婦関係が泥沼化したケースの中には、時間が解決したという幸運なケースもあれば、医師やカウンセラーなどの第三者に介入したケースもありました。カウンセラーによると“熟年離婚に悩むカップル”に対して、“夫が産後に立ち返って謝る”ことが問題解決の糸口となったケースもあったそうです。いずれにせよたいへんなコストと労力がかかっています。

先ほど紹介した、愛情曲線のグラフをいま一度、ごらんください。この曲線では「愛情が低迷を続けるグループ」がある一方で、「愛情を回復するグループ」があることは既に述べました。

渥美氏はこのグループへの調査も行っています。その結果、このグループと相関関係が強かったのは「夫が育児を行ったかどうか」ということでした。

この事実は、産後に夫婦で立ち向かうことが、対策として最も効果的であるというごく当たり前の結論を私たちに示しています。

渥美さんはこの結論に加え、男性が育児や家事に参加することの“経済的メリット”を2つ挙げています。

まず挙げられるのが、そうした行為が、家族における“保険”となることです。人生には失業や事故、介護などさまざまな困難がありますが、そうした場合に、昔も今も変わらぬ最強のセーフティネットとなるのは家族です。産後の時期に、夫婦が互いに理解を深めることがができれば、その後も夫婦は強い信頼関係で結ばれることでしょう。

次に育児をすることは、家族における“投資”であるとも言えます。父親を含むさまざまな人が育児にかかわることが、子どもに非常にいい影響を与えることは、世界各国の研究者が繰り返し報告しています。多額の金銭を投じる早期教育もいいですが、父親が子どもを育てるのは、それに負けないほど効果的なことです。

■夫のおかれている立場もつらい

しかし、ただ「夫も育児に参加しよう」というだけでは、なかなか実態は変わらないかもしれません。会社での長時間労働に加え、さらに家でも家事育児も行うのは、夫にとっては労働強化という面もあります(実際、海外ではこの時期、夫もうつになりやすいことが報告されています)。


なるほど・・・我が家は幸いなかったな。妻に心から感謝です、ありがとう。